2018年10月11日木曜日

佛教大学社会学会 総会・第三回大会プログラムのお知らせ

下記の通り総会および第三回研究大会を行う予定です。
会員皆様からのご参加をお待ちしております。




2018年5月10日木曜日

佛教大学社会学会 総会・第三回大会の発表者募集

昨年度本会は名称変更を行い、「佛教大学社会学会」となりました。
佛大社会学会は2018年11月に、下記の通り総会および第三回研究大会を行う予定です。

会員皆様からのご参加をお待ちしております。
また研究報告をされる予定がある場合、busss101@gmail.comまでご連絡ください。

開催日 2018年 11月4日(日曜)
     14時~17時(予定)

第三回大会 14時~16時
総会 16時~17時

場所: 佛教大学11号館2階会議室

発表希望の方は、9月30日までに<発表タイトル・氏名・連絡先>を学会へメール・お電話・郵送などにてご連絡ください。

郵送先: 佛教大学社会学会(社会学部資料室内)
 〒603-8301 京都市北区紫野北花ノ坊町96
 ℡: 075-491-2141


第41号目次

編集担当です、第41号が2017年3月に刊行されました。

以下目次です。また大学内の「機関リポジトリ」にも掲出されています。

論文
白石哲郎、「パーソンズ文化概念の性質的変遷:規範主義的相関性から構成的自律性へ」
長光太志、「就活サイトを活用する学生に関する一考察」

研究ノート
渡邊秀司、「現代の聖地巡礼・ツーリズムに至る近世の社寺参詣について」
大束貢生、「スポーツによる地域社会再生の可能性2」
富川拓・木脇奈智子・大束貢生・新矢昌昭、「日本における男女共同参画社会の展開」
小南亮介、「小学校におけるいじめの予防的な対策・対処方法」

書評
山本奈生、『統治性:フーコーをめぐる批判的な出会い』(W.ウォルターズ著)
井村柊子、Media & Crime 3rd Edition (Yvanne Jewkes)

2016年12月18日日曜日

『佛大社会学』41号予告

『佛大社会学』41号の編集作業を行っています。
次回原稿を広く会員各位から募集しております、投稿希望の方はお早めにご連絡をお願いします。(12月末まで)


41号投稿予定は、大学院修了者を中心に6本程度の論考が予定されております。
編集担当でフーコーディアンの山本も、月曜社から本年出版されました『統治性:フーコーをめぐる批判的な出会い』について、勝手に書評を書こうかと画策しています。


また、来年は佛教大学社会学部50周年の節目でありまして、何か社会学研究会においても新しい企画や研究会が開催できれば良いなと考えています。


私案ですが、「もうすぐ絶滅すると言われる紙の書物」(ウンベルト・エーコ)について、昨今、レイシズムとポピュリズム政治(EU圏の反移民ポピュリズムや、トランプ現象)を念頭において、それでもなお、紙の書物による教養と市民共同体への熱意を失わない、小規模出版社が頑張っています。


例えば月曜社や「共和国」、あるいは本学周辺においても洛北出版やかもがわ出版、北大路書房など、志しある多くの出版関係者/編集者がいます。彼ら/彼女らの熱意がなければ、今日のアカデミックな紙媒体の水準、そして市民的教養の共同体がどのような惨状になっているのか、想像することもできません。


こうした出版関連の人々を招聘して、若手院生や本学教員と研究会が開催できれば、私たちにとっても素晴らしい刺激になるだろうとも思います(もちろん、多忙な編集者らでありますので、まだ絵に描いた餅なのですが・・・)。


それでは、41号の内容が固まりましたらまたご連絡します。


編集担当: 山本奈生 yamamo-n@bukkyo-u.ac.jp

2016年3月25日金曜日

『佛大社会学』第40号を印刷しました

編集の山本です、丸40年目が経過しました『佛大社会学』の第40号を印刷しました。印刷担当は中西印刷でした。


今号の目次は以下の通りです。


【40号記念エッセイ】
『佛大社会学』と社会学研究会    丸山哲央
社会学研究の行く末          場知賀礼文
わたしを育ててくれた先生方     星明
「公開」の境界              牧野芳子


【論文】
ヴェーバー『理解社会学論』の執筆事情とその定位――リッケルト宛書簡を手がかりとして
 野崎敏郎


文化的転回と機能主義における文化社会学――「文化の社会理論」の構築に向けた一試論
 白石哲郎


「スクールカースト」における中学生の対人関係といじめ現象
 作田誠一郎


人口減少化社会における持続可能な地域モデル構築のための基礎概念――移民との共生を可能にする「多様性」と「民族関係」
 近藤敏夫


世代別人口増減分析からみる美山町の特徴
 長光太志


【研究ノート】
スポーツによる地域社会再生の可能性Ⅰ――スポーツ推進委員研究からみた諸課題について
 大束貢生


【会則・活動報告・投稿規程・名簿・編集後記】






以上五篇の論文と研究ノート一篇、記念エッセイが四篇掲載されました。執筆者各位ありがとうございました。
4月中に発送作業を行う予定です。

2015年11月15日日曜日

2015年度『佛大社会学』投稿について

2015年度の『佛大社会学』投稿は、締め切りが12月20日です。
投稿を予定されている会員の方は、なるべく早めに事務局までご連絡ください。


事務局メール
busss101@gmail.com


もしくは学内の場合は山本研究室までお問い合わせください。

2015年9月15日火曜日

編集委員のエッセイ

2008年度から、もう7年間も編集委員を務めてしまった山本です。
『佛大社会学』は既に39号の歴史がある格調高い学術誌で、私の前に諸先輩方がその時々の編集を行ってこられましたが、近年の私が実務を担当するようになってからの所感をエッセイとして記したいと思います。


当機関誌はまず査読の無い、自治的研究会による出版物ですので、気軽に実験的な論文、あるいは研究の端緒にあたるような論考を投稿することが可能な学術誌です。


過去10年間において、主な投稿は博士課程大学院生および修了生によるものですが、しばしば教員会員や通信・通学の修士修了生による投稿もありました。


一般的にいって、社会学の学術誌は国内において、以下の種類があるものと思います。


(1) 広域の社会学会(日本社会学会や関西社会学会)による学術誌、例えば『社会学評論』
(2) 専門別あるいは連字符の社会学会機関誌、例えば『社会学史研究』
(3) 大学や研究所の紀要
(4) 大学内研究科が自主的に編集する雑誌


一般に知名度や投稿のハードルの高さも上から順番になるのではないかと思われますが、(4)は例外的に外部会員を認めて知名度の高い雑誌の場合(ソシオロジとか)もあります。


本学の場合、社会学部では『社会学部論集』『大学院紀要』そして『佛大社会学』があります。
 * 過去2-3年ほど論集と紀要は形式的に私が編集長で、雑誌関連は全体的に私がやってきたためそろそろバトンタッチしたいです、とても勉強になりました。


大学院に在籍の方、修了生の方にとっては後者二つが、まずもっとも身近で投稿しやすい媒体であり、もちろん研究職を志望する場合には学会誌にどんどん投稿しなければいけないのは明白でしょうが、実は学内の雑誌にも、それなりに良い部分も大いにあるのだ、と思う次第です。


一般的に、査読学会誌は知名度があがれば上がるほど投稿本数は増え、リジェクトされるケースも増加します。某機関誌では倍率数倍だといった話も良く耳にします。
そうしますと、どうしても論文の内容よりも先にまず体裁をきっちりと整え、「はじめに」で問題をきっちりとオリジナリティある観点から厳密に限定し、用語や概念に論理学的な一貫性を持たせて、「研究の方法」や註釈において、なぜ先行研究のこの部分は有名だが本論ではあまり使わなかった/使えなかったのかを、逐一エクスキューズしなければなりません。
その上で、内容が面白いと思われる論文を提出することが目標となってきます。
ここでは、ベンヤミンやジンメルの書いたようなエッセイが掲載可とされる余地はほとんどありません。


無論、こうした執筆方法論上の厳密さや統一性が求められ、ある程度客観的に判断できるメルクマールでもって、掲載可否が判断されることは仕方のないことであり、また見方によっては良い部分も多く含まれます。


しかし、数を重ねて投稿論文を書いていると、やや機械的な部分がどうしても生じてしまい、書く愉しみの一部が損なわれているなと感じたり、面白いと思う論点でも、問題の限定性からすると外さざるを得ないために展開できない部分がでてくることも、多くの人が経験することであると思います。


そもそも論でいえば、若干大きなテーマや論文一つでは展開しきれない要素、あるいは遊びの部分は、そうした論文を丁寧に書き集めて、将来一冊の本にする際に加筆修正して自説を作るべきだということも言え、それはとても尤もであります。
しかし研究を始めたばかりの博士課程において、それでも、ちょっぴり知的な大風呂敷を広げてみたいとか、難しいことは分かっていても「民主主義って何だ」というテーマを通奏低音として組み入れたいとか、それ以前に文章で遊んでみたいという欲望は押さえがたくあって、ちょっと書いてみたらやっぱり査読でその部分を止めろと言われてそのジレンマに悩む、ということも多くの若手研究者が感じることではないでしょうか。


その上で、本学における『大学院紀要』は、多くの場合修士学位論文を修正したものや、学会誌に投稿するほど自信をもってオリジナリティある観点にあふれた原稿ではないけれども、手堅く先行研究のある部分を整理しなおしたいといったような、いわば習作や足場を固める研究を投稿する場として使われているのかな、と近年の投稿をみていて感じました。


『大学院紀要』は明白に、研究科が出版する公式性の高い学術誌であり、指導教員を含む2名の査読が入りますので、どの大学でもそうした傾向にあるのではないでしょうか。


これに対して、『佛大社会学』は少なくとも私が編集委員となってからは、もう少し緩やかで査読形式を採らない(編集委員会からの注文が入る場合はあっても)、同人誌に近い位置づけの雑誌です。
私個人の話をすると、こちらに出したものは学会誌に投稿するほど書き方の体裁には気を使わずに、書きたい内容を展開したものが多いように思います。


もちろん、だからといって何でもアリではありませんし、各投稿者が自身の責任でもって、その都度自信のあるものを投稿してきた、その積み重ねが雑誌の格調高さであるわけです。




会員各位の投稿をお待ちしています。


山本奈生